CASP公開セミナー報告 (西堀眞弘班員)


はじめに
 CASPはEBMの啓蒙を目的として、医師だけでなくコメディカルや一般市民を対象と し、文献の検索や評価のノウハウを実践的に学ぶ、参加型ワークショップを中心とす る英国で始まった活動で、日本でもCASP Japanにより既に10回程度開催されていま す。今回は臨床EBM研究会第5回公開セミナーの一部として実施されたので、CASPワ ークショップ以外の内容も含めまとめておきます。
○特別講演  「診療ガイドラインはどのように作られるのか」
       Dr.ロジャー・ウィン(U.T.M.D.アンダーソン癌センター)
 全米の癌治療センターをネットワークするNCCN(National Comprehensive Cancer Network)が整備を進めている、総合的な癌治療ガイドラインの作成手順の概説。エ ビデンスの得られない場合のコンセンサスの作り方の他、ガイドラインの普及率や導 入効果をモニターしながらきめ細かく改訂している点や、フローチャート形式にした り医師用とは別に患者説明用も揃えるなど、利用者の便宜を強く意識している点が注 目された。  厚生省の医系官僚から、これだけ充実したガイドライン整備の原動力は何かとの質 問があり、米国では医療保険の民営化に対抗するため医師側に理論武装の必要が生じ たとの指摘があった。
○教育講演1 「今日からはじめるEBM:EBM実践のためのノウハウ集」
       名郷直樹先生(作手村国民健康保険診療所 所長)
 講師は日常診療でコクラン等のデータベース利用を実践していることで有名な医師 で、豊富な経験に基づく実用的なアドバイスがあった。講師の底抜けに明るく前向き なキャラクターとともに、診療をEBMに適合させるのではなく、あくまで患者とのコ ミュニケーションの壁を取り除く道具の一つとして、EBMの限界を熟知しつつ役立つ 部分だけをうまく利用するという姿勢が印象に残った。
○教育講演2 「CASPの実際:楽しい批判的吟味」
       福岡敏雄先生(名古屋大学医学部附属病院 救急部・集中治療部)
 CASPの概説であったが、できるだけ身近な例や平易な言葉を多用するなど、専門家 以外への参加者の広がりを目指す姿勢が強く感じられた。また、日本においてCASPが 短期間でこれだけの規模に育った最大の要因は、講師個人の気さくで明るいキャラク ターの魅力であることが伺えた。
○スモールグループチュートリアル
(CASP以外に治療/副作用/判断分析/ガイドラインのグループに分かれ同時進行)
 CASPワークショップは全体の受講者77名のうち34名が選択するという盛況ぶり であった。ただし医師は少数派で、むしろ看護婦、薬剤師、学生、医療商業誌編集者 あるいは患者団体世話人の方々が積極的に参加している姿が印象的であった。また全 体の進行はCASP Japanを率いる福岡 敏雄先生が務められたものの、各10人程度の グループディスカッションでチューターを務めていたのは医師以外の方々であった。  今回の内容は、帝王切開に対する抗生剤の予防投与につき、コクランの該当システ マティックレビューを対象に、CASPのチェックシートに沿って、想定された事例にそ の結論を適応するのが妥当かどうかを検討するというものであった。GLMと比較し求 められるプロダクトのノルマは緩やかで、使用する論文や豊富な資料がすべて翻訳さ れているなど、予備知識の少ない受講者にもできるだけ敷居が低くなるように配慮さ れており、膨大な労力と長期に渡る細かなノウハウの積み重ねが感じられた。  実際にはあまりにも受講者の背景が多様なため、議論のレベルには限界があった が、チューターの巧みな誘導により脱落者は殆どなく、中には同じ課題につき全く異 なる見方が聞けることを高く評価する声もあった。
○運営について
 費用的には受講費(一人1万円、食費宿泊費別)で大体賄い、足りない分を臨床 EBM研究会が数社から支援を受けているようである。ただし、CASPのチューター等に ついては、実費もしくは一部持ち出しといったボランティアベースとのことであっ た。  CASPの運営については、現在CASPの事務負担の殆どを福岡 敏雄先生個人が担って おり、人的ネットワークの拡充による作業負担の分散が次の課題とのことであった。
○まとめ
 EBDセミナー(仮称)をCASP形式で実施するためには、費用の制約はそう大きくな いが、受講者を満足させられるだけの内容やそれを反映した充分な教材と共に、相応 の適性、能力および意欲を備えたチューターを揃える必要がある。  EBM関連の活動に強い関心を抱いているのは、クリティカルパスの作成を迫られて いる看護婦、臨床薬剤師への転換を迫られている薬剤師、医療不信を募らせている患 者などであり、医師特にタコ壺的専門医の関心は低いので、セミナーの対象を学会員 に限った場合には、何らかの工夫をしないと受講者が殆ど集まらない恐れがある。
                                   以上